ドネペジルで「大炎上」した高齢女性の教訓
2026.06.02
認知症の治療は、薬を「効かせること」以上に「副作用を出さないこと」のほうが遥かに重要です。
今回は、当院で経験した苦い失敗例をあえてご紹介します。
患者さんの背景
・患者さん:80代女性
・診断: アルツハイマー型認知症(軽度~中等度)
・お悩み: 物忘れだけでなく、認知症の進行とともに「もともとの怒りっぽい性格」がひどくなり、ご家族が対応に困り果てていた。
第1のステップ:薬を「引く」だけで穏やかに
初診時、他院から脳循環改善薬のサアミオン(ニセルゴリン)が処方されていました。この薬は意欲を出す効果がありますが、神経を興奮させる作用もあります。
もともと怒りっぽい方に使うと、火に油を注ぐことになります。そこで、まずサアミオンを中止しました。新しい薬を「足す」のではなく、合わない薬を「引く」。これだけで患者さんは驚くほど穏やかになりました。
その後は、マイルドな作用を期待してガランタミン少量(4mg)とプレタールの2剤に変え、ご家族も平穏な日々を過ごされていました。
第2のステップ:良かれと思った薬で「大炎上」
しばらくして、ご家族から相談を受けました。
「物忘れをもう少し何とかしてあげたい。もっと効くお薬はありませんか?」
家族を想う当然の願いです。私は、最も広く使われている認知症薬ドネペジル(アリセプト)への変更を検討。興奮しやすい方には注意が必要な薬なため、通常量の半分(1.5mg)という極小量から慎重にスタートしました。
しかし、変更してわずか数日後、ご家族から悲痛な緊急連絡が入ります。

原因は、ドネペジルが持つ強い「脳の興奮作用」 でした。
すぐにドネペジルを中止したところ、わずか数日で元の穏やかな状態に戻りました。
この症例から学ぶ「5つの教訓」
当院が実践する認知症治療(コウノメソッド)の視点から、大切な教訓をまとめます。
1 「介護者保護主義」が治療の鉄則
認知症治療において最も優先されるべきは、「認知機能の点数を上げること」ではなく、「介護しているご家族の平穏と笑顔を守ること」です。ご家族が疲弊してしまうような治療は本末転倒です。
2 まずは「引き算の医療」から
症状が悪化したからといって、すぐに新しい薬を足すのは危険です。まずは「今飲んでいる薬が興奮を煽っていないか」を見直すことが先決です。
3 ドネペジルは「興奮系」の劇薬
一番有名な薬ですが、イライラや興奮がある方にはリスクになります。
4 目標は100点満点ではなく「8合目」
「もっと良くしてあげたい」という思いから薬を強くすると、副作用で本人も家族も苦しむことがあります。認知症治療は完璧を目指すのではなく、家族が介護しやすい「8合目」を目標に据えてキープすることが現実的で最善の選択です。
5 異変を感じたら、すぐに薬を中止する
お薬を変えた後の数日間は特に注意が必要です。「いつもと違ってピリピリしている」と感じたら、迷わずすぐにご連絡ください。
現在の様子と、これからの治療
この患者さんは現在、元のガランタミン少量(4mg)とプレタールの組み合わせに戻り、何事もなかったかのように穏やかに過ごされています。
完全に記憶を元通りにすることはできません。しかし、お互いに怒らず、笑顔で、穏やかにご家族と今日という日を過ごせる――それこそが、今できる最善の「治療」の姿です。
認知症のお薬は「規定量をきっちり飲めば良い」というものではありません。その方の性格や、ご家族の介護状況に合わせて、慎重にさじ加減を調整していく必要があります。
「最近本人がイライラしている」「今のお薬で大丈夫?」など、少しでも不安なことがあれば、いつでも当院にご相談ください。
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