亜鉛のおはなし
2025.11.17
亜鉛のおはなし(その1)
日々の診療で認知症など高齢者の中で、原因不明の食欲不振や拒食がありとても元気がない方に出会うことがあります。もうこれは老衰ですねと言われてしまいそうなこのような時に、当院では食欲セットを試します。
食欲セットとは胃潰瘍治療薬ポラプレジンク(商品名プロマックD)と抗うつ剤スルピリド(商品名ドグマチール)の2つの薬のことで、その効果は多くは1〜2週以内に現れ、早いときは翌日から劇的に効いてモリモリと食べ出すことすらあります。改善した場合にスルピリドは震えなどの副作用を起こさないため1ヶ月で中止として、その後はポラプレジンクのみを継続します。
胃潰瘍治療薬のポラプレジンクが食欲や元気を回復させる秘密は、その中に含まれているミネラルの一種である亜鉛にあります。一般的にはあまり知られていませんが、亜鉛欠乏症は決して珍しい疾患ではなく、さまざまな身体の症状を引き起こします。
最近当院でこれは亜鉛が足りないのでは?と私が感じた患者さん17名の血清亜鉛値を測定したところ、その全員が欠乏症(60μg/dl未満)もしくは潜在的亜鉛欠乏(60〜80μg/dl)のいずれかであり、ビックリすると同時に亜鉛欠乏の方がいかに多いかを思い知らされました。(つづく)
亜鉛のおはなし(その2)
亜鉛は人の体内にわずかに2gほどしか存在しない微量元素ですが、300種類以上の酵素反応に必要とされ、蛋白合成全般にも不可欠なミネラルで、DNAやRNAなど遺伝子発現にも関与しています。亜鉛が多い代表的な臓器は筋肉や骨ですが、爪、皮膚、毛根などの細胞分裂が盛んな臓器にも多く含まれています。このため亜鉛の不足は皮膚や爪のトラブル、抜け毛の原因になります。
亜鉛欠乏による最も有名な症状は味覚障害です。舌にある味蕾の味細胞も細胞分裂が盛んであり、亜鉛不足で細胞の入れ替わりが鈍ると、味蕾の機能が低下してしまうためです。味覚以外にも舌痛症や口角炎、口内炎の原因になります。
前回ご紹介したように拒食にも至る食欲不振や元気のなさが、亜鉛欠乏の症状の場合があり、この場合には亜鉛製剤の補充で短期間に改善することが珍しくありません。
また寝たきりの方にできる褥瘡(床擦れ)の発生や治癒にも亜鉛が深く関与しています。褥瘡患者さんの血清亜鉛値は低下していることが多く、補充療法により治癒を早めることが期待できます。
高齢者の皮膚はとても弱く、わずかなことで簡単に皮がむけてしまう方がいます。このような皮膚の脆弱性にも亜鉛欠乏が隠れています。そのほか皮疹のないかゆみ、いわゆる老人性皮膚掻痒症の一部も亜鉛補充で改善する場合があります。(つづく)
亜鉛のおはなし(その3)
亜鉛はストレスや飲酒、糖質摂取などで消費されます。鉄の場合はフェリチン(貯蔵鉄)、カルシウムの場合は骨が体内の貯蔵庫の役割を果たしますが、亜鉛にはそのような貯蔵庫がありません。また食物繊維や玄米に含まれるフィチン酸は亜鉛の吸収を妨げるため、極端なベジタリアンの場合には容易に亜鉛欠乏をきたします。
また慢性肝疾患、腎不全、糖尿病、炎症性腸疾患などではしばしば血清亜鉛値が低値となっており、このような場合には亜鉛欠乏の症状がなくても補充療法により基礎疾患の症状が改善する場合があります。
保険薬の亜鉛製剤は酢酸亜鉛(商品名ノベルジン)とポラプレジンク(商品名プロマックD)があり、前者は2017年3月から低亜鉛血症に対して保険適用が承認されています。後者は胃潰瘍の病名が必要ですが、長野県では亜鉛欠乏症に対しても慣例的に保険での投与が認められることが多いようです。
亜鉛の多い食品として、牡蠣などの貝類や、牛肉などの赤身肉、レバーがあります。これらにはタンパク質、鉄、ビタミンB群も豊富に含まれますので、普段から積極的に食べることをお勧めします。

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