ACP(人生会議)について
2025.09.01
病気や怪我などで命の危険が迫った状態になると約7割の人が、今後の医療やケアについて自分で決めたり、人に伝えたりすることができなくなると言われています。
私は父から更水医院を継承して今年で18年になります。当院は訪問診療も行っており、これまで毎年5〜10名の方を在宅で看取らせていただいてきました。
数多くの終末期の方を見送ってきた私ですが、10年前に父が急性心筋梗塞で倒れた時には一転して家族の立場になり、終末期の医療をどうするかで大変に悩むこととなりました。
当時の父は危険な不整脈が出て頻繁に意識を失い、その都度電気ショックを必要とする状況で、急変の可能性がありました。本来なら医師である父に今後の治療の希望を聞いておくべきなのですが、そんな厳しい状況でも生きる希望を失わずに前向きな父を前にして、最悪の事態の話をすることを当時の私はためらっていました。
そんな中、ある日不整脈発作を起こした父はとうとう脳に大きなダメージを負うことになり、言葉を発することができなくなりました。このとき担当医の先生から不整脈に対してカテーテル治療の提案をされましたが、私の目からみるとすでに終末期の父に対してこれ以上の負担を強いることに容易には同意できませんでした。
しかし父の義理堅い性格を考えると、入院先の先生が提案された治療を断ることは絶対にしないだろうとも思われ、その治療の最終的な決定は医師であるキーパーソンの私に委ねられることになりました。
この時の辛さは今でも深く胸に刻まれています。終末期医療に携わる医師の私ですら、眠れなくなるほどに悩みました。結局数日後に父は急変して亡くなり、私は悩みから解放された代わりに大きな悲しみと喪失感を味わうこととなりました。
医療界では、ACP(アドバンス・ケア・プランニング)という言葉がこの5−6年の間に急速に広まってきました。一般の方には「人生会議」という訳語が普及しつつあります。
ACP(人生会議)とは、命の危険が迫った状態になる前にご本人とご家族や医療者や介護者などの関係者がくり返し話し合いを重ねることで、ご本人の人生観や今後の希望を理解し、いざという時にその意向に沿った治療やケアを行うことを指します。
我々医療者はこれまで、患者さんやご家族に対して治療法をいくつか提示して、選択を迫るというやり方をずっと続けてきました。しかし医学知識の乏しい患者さんやご家族にその選択を求めることは本当に正しいことなのでしょうか?
ACPでは医療者が患者さんの人生観や性格、これまでの人生で大事にしてきたことを理解した上で、ご本人やご家族と共に悩み考え、その方に最もおすすめの治療やケアを提案するという新しい選択のあり方を提唱しています。
ご本人が何らかの理由で意思表示ができない場合は、代わりにその人のことをよく理解しているキーパーソンが代理の意思決定者となります。その時も私が経験したようにキーパーソン1人に選択を迫るのではなく、医療者も含めて皆で本人の意思を推測し、よく考えた上で、共同で意思決定をすることが大切です。
その人のことを深く理解するためには普段の雑談を含めた頻繁な対話が必要です。しかし現実的には今の日本の医師は忙しすぎてなかなか患者さんのお話に耳を傾けることが難しい状況があります。
むしろ在宅医療の現場では訪問看護師さんやヘルパーさん、理学療法士さんやケアマネージャーさんなどの方が患者さんと接する時間が我々医師よりも長く、その方のことをより深く理解していることが多いかもしれません。
地域における医療介護関係機関が多職種で連携して、患者さんの情報を共有することがACPを推進する大きな力になると思います。
我々医師も、忙しさを免罪符にせずにできるだけ患者さんの声に耳を傾けていくことが求められています。
「病を診ずして病人を診よ」これは東京慈恵医大を開設した高木兼寛先生の140年前の言葉ですが、今もなお医療の基本であると私は思います。
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