私の大好きな漢方薬シリーズ18 半夏厚朴湯
2026.10.19
2000年前も、今も

「喉にいつも何かつかえている感じがする」「検査では異常がないのに、ずっと違和感が取れない」
こうした訴えを外来ではよく聞きます。実はこの症状、約2000年前の中国の医学書『金匱要略(きんきようりゃく)』にすでに記載されているんです。この中に記されている「咽中炙臠(いんちゅうしゃれん)」は、炙った肉のかけらが喉に貼りついたような感じ、という意味です。同じ症状のことを江戸時代の日本では「梅核気(ばいかくき)」、つまり梅の種が喉につかえたような感じ、と呼んでいました。
もちろん、本当に何かが詰まっているわけではありません。内視鏡で喉を診ても特に異常はないのに、本人は確かに「何かがある」と感じている状態で、現代医学ではこのような病態を「咽喉頭異常感症(globus)」と呼びます。
この病態とストレスや不安との関連はよく知られていますが、他に胃食道逆流なども関係すると言われています。ともあれ緊張やストレスで喉の具合がおかしくなるという人間の反応は、2000年前も今もあまり変わらないようです。
「喉の薬」ではなく「気を晴らす薬」
漢方では、こうした状態を「気鬱」「気滞」、つまり気の巡りが滞った状態と考えます。その滞りを治す代表的な処方が今回ご紹介する半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)です。私はこの薬を、単なる「喉の薬」というより、「気を晴らす薬」として使っています。実際、半夏厚朴湯は喉の違和感だけでなく、不安や神経性の胃症状、不眠、そして「咳」など、さまざまな症状に用いられます。

実は「咳の薬」でもある
咳にも使うのが、この薬の面白いところです。痰がからむ感じや、なかなか取れない咳にも用います。西洋医学の目で見ると、心の薬なのか、喉の薬なのか、咳の薬なのか、少し不思議に感じますが、漢方ではこれらを別々の症状とは見ず、「気の滞り」と「痰」という一つの病態として捉えます。
ここが、いかにも漢方らしいところです。
風邪のあとに残る頑固な咳にも
風邪のあとに何週間も続く咳にも、この処方が役立つ場合があります。半夏厚朴湯だけでは足りないときには、長引く炎症を鎮める効果がある柴胡剤を組み合わせます。柴胡剤には大柴胡湯、小柴胡湯、柴胡桂枝湯などいくつもの種類があり、患者さんの体力や体質、いわゆる「証」によって使い分けます。
以前、1年以上咳が続き、ステロイド吸入薬でも良くならなかった患者さんに、半夏厚朴湯と柴胡桂枝乾姜湯(さいこけいしかんきょうとう)を併用したところ、頑固な咳が劇的に改善した経験があります。もちろん、全ての方がこの組み合わせで長引く咳が必ず治るというわけではありません。
長引く咳には、喘息、咳喘息、胃食道逆流、後鼻漏、感染症、薬剤性など多くの原因があります。まずその原因をきちんと調べることが大切です。そのうえで、西洋医学的な治療だけではなかなか治らない咳に、漢方の視点を加えることで突破口が見つかることがあります。
診察室では今も、患者さんが昔の医学書とほとんど同じことを言います。「先生、喉に何か引っかかっているんです」2000年前の人も、現代の私たちも、悩み、緊張し、それが喉や胸、そして咳として現れることがある。半夏厚朴湯は、「心身一如(こころと体は別々ではない)」という漢方の考え方を、とてもよく表した処方だと思います。
よく読まれている記事
私の大好きな漢方薬シリーズ2 五苓散
私の大好きな漢方薬シリーズ5 呉茱萸湯
私の大好きな漢方薬シリーズ1 補中益気湯