「昔はお酒で赤くなった」という方へ ― 食道がんの話
2026.10.27

「若いころはお酒を飲むと真っ赤になったけれど、飲んでいるうちに平気になった」。そんな方は、意外と多いのではないでしょうか。実はこれ、食道がんを考えるうえで見逃せないポイントです。お酒に慣れて飲めるようになっても、有害物質を分解する力まで強くなったとは限らないからです。
今回は、お酒と体質、熱い飲み物、バレット食道、そして早期発見に役立つ内視鏡検査についてお話しします。
アセトアルデヒドには発がん性がある
お酒に含まれるアルコールは、主に肝臓でアセトアルデヒドになり、さらに酢酸へと分解されます。このアセトアルデヒドが、顔の赤み、動悸、吐き気の原因です。二日酔いにも関わりますが、二日酔いには脱水や睡眠の乱れなど、ほかの要因もあります。問題は、アセトアルデヒドに発がん性があることです。単に気分が悪くなる物質、というだけではありません。
分解する力は、生まれつき違う
アセトアルデヒドの分解を担うのが「ALDH2」という酵素です。遺伝子の組み合わせで、次の3タイプに分かれます。
• 活性型(完全型):酵素が十分に働く
• 低活性型(不完全型):酵素の働きが弱い
• 非活性型(欠損型):酵素がほとんど働かない
日本人では、働きが弱いかほとんど働かない方が約4割います。少量のお酒で顔が赤くなる方の多くは、この体質です。
「飲めるようになった」の中身
飲酒を重ねると、脳がアルコールに慣れ、同じ量でも酔いや眠気を感じにくくなります。これを「耐性」といいます。多量の飲酒が習慣になると、肝臓でアルコールを処理する経路の一部が活発になることもあります。ただ、アルコールを処理することと、その先のアセトアルデヒドを分解することは別の段階です。飲み続けても、生まれつきの低活性型が活性型に変わることはありません。顔の赤みが出にくくなる方もいますが、詳しい仕組みはまだ十分にはわかっていません。赤くならなくなったことだけで、分解できるようになったとは言えません。「飲めるようになった」ことと「体への害がなくなった」ことは、別の話です。
昔、赤くなっていた方も要注意
日本の食道がんの約9割は扁平上皮がんで、主な危険因子は飲酒と喫煙です。分解しにくい体質の方が飲み続けると、リスクはさらに高まります。日本人の飲酒者を対象にした研究では、今赤くなる方だけでなく、以前赤くなっていた方も、リスクを見極めるうえで重要だと報告されています。今は飲めるから大丈夫、と考える前に、飲み始めのころの反応を思い出してみてください。こうした体質の方には、できれば飲酒をやめることをおすすめします。顔が赤くならない方も、飲酒によるがんのリスクがゼロではありません。喫煙が重なると危険性はさらに上がるので、禁煙も大切です。
熱いお茶や汁物は、少し冷ましてから
もうひとつ気をつけたいのが、飲み物の温度です。国際がん研究機関(IARC)は、65℃を超える非常に熱い飲み物を「おそらく発がん性がある」と分類しています。熱による刺激が繰り返されて、食道の粘膜が傷つくことなどが関係すると考えられています。ただし、65℃以下なら必ず安全、という意味ではありません。2026年に発表された英国の約98万人を対象とする研究では、「非常に熱い」飲み物を好む方は、「温かい」ものを好む方に比べて、食道の扁平上皮がんのリスクが約3倍でした。本人の申告にもとづく観察研究ですが、飲む温度を見直すきっかけにはなります。研究が多いのは主に飲み物ですが、熱い食べ物との関連も報告されています。お茶やコーヒー、汁物、麺類は、熱くて無理をして飲み込むのではなく、少し冷ましてからどうぞ。
お酒を飲まない方にも関わる「バレット食道」
食道がんには、飲酒や喫煙と関係の深い扁平上皮がんのほかに、腺がんがあります。その背景として重要なのが「バレット食道」です。
胃酸などの逆流が続くと、食道と胃のつなぎ目で、食道の粘膜が胃に似た粘膜に置き換わることがあります。この粘膜から発生する腺がんが「バレット食道がん」です。逆流のほか、肥満や喫煙との関係も知られています。バレット食道が見つかっても、必ずがんになるわけではありません。リスクは、バレット粘膜の長さや細胞の異常の有無で変わり、状態に応じた経過観察が重視されています。指摘された方は、検査の必要性や間隔を主治医に相談してください。
当院では、NBI拡大観察を取り入れています
早期の食道がんは、症状がほとんどありません。内視鏡で観察しても、わずかな色の変化しか見えない、小さくて平らなわかりにくい病変です。当院では通常の観察に加えて、NBI(狭帯域光観察)と拡大観察を行っています。NBIは特殊な波長の光で、粘膜表面の細い血管を見やすくする技術です。病変は周囲と異なる茶色の領域として見え、拡大して血管の形や並びの乱れを詳しく調べます。日本の多施設共同ランダム化比較試験では、食道がんの高リスクの患者さんで、通常の白色光よりNBIの方が表在がんを見つけやすいことが示されています。バレット食道でも、高精細な通常観察にNBIなどの画像強調観察を組み合わせることが推奨されています。必要に応じて組織を採取し、病理検査で診断を確認します。



つかえる前に、できることを
食道がんは、粘膜の浅い部分にとどまり転移の危険が低い段階なら、内視鏡で切除できる場合があります。一方、食べ物がつかえるようになってからでは、進行していることが多くなります。お酒で顔が赤くなる方、以前は赤くなっていた方、飲酒や喫煙の習慣がある方は、症状がなくても内視鏡検査についてご相談ください。検査の間隔は、飲酒歴や過去の内視鏡所見から個別に考えます。食べ物のつかえ、飲み込むときの痛み、原因のわからない体重減少があるときは、健診を待たずに受診してください。「昔より飲めるようになった」のは、体が丈夫になった証拠とは限りません。ご自身の体質を知ることが、食道を守ることにつながります。
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