73歳男性、食欲がない、5kg痩せた。その原因は?
2026.09.30
〜診察室のミステリー「見逃してはいけない病気」〜
今回は少し趣向を変えて、診察室での謎解きをお届けします。
ある73歳の男性が、「先生、ここ数か月どうも食欲がなくて。体もだるいんです」と来院されました。体重を測ると、以前より5kgも減っています。血圧は98/62とやや低め。そして、問診をしながらふと手に目をやると、手のひらのシワや関節のあたりが、なんだか少し黒ずんでいる(色素沈着)のが気になりました。さて、この体のサインの裏には何が隠れているのでしょうか。

第1の容疑者「がん」
高齢の方で食欲不振、体重減少、全身倦怠感がそろうと、まず頭に浮かぶのは悪性腫瘍です。胃がん、大腸がん、膵臓がん……可能性のある検査を一通り進めました。ところが、体重減少を説明できるようながんは見つかりません。
第2の容疑者「夏バテ」
受診したのは暑い時期でした。食欲が落ちてだるいというと、「今年は暑かったから夏バテかな」という見立てもできそうです。ただ、最初の違和感であった「低血圧」と「皮膚の黒ずみ」がどうしても引っかかります。そこで血液検査を見直すと、Na(ナトリウム)が128 mEq/Lとかなり低い数値を示していました。食欲低下、体重減少、強い倦怠感、低血圧、低ナトリウム血症、そして皮膚の黒ずみ。ここまで手がかりが並ぶと、あるホルモンの病気が頭に浮かびます。
謎を解く検査
この方には採血でコルチゾールとACTHというホルモンを測定しました。コルチゾールは副腎という臓器から出る「命の維持に欠かせないホルモン」です。結果は、コルチゾールが著しく低下し、それを補おうとして脳から出るACTHが異常に高くなっていました。実は、この高くなったACTHこそが、皮膚を黒くさせていた原因だったのです。ここでついに「犯人」の正体が判明します。
診断は「副腎不全」
副腎不全は、体を維持するのに必要なコルチゾールが不足する病気です。ただ、この病気はかなりの隠れ上手。「食欲不振・倦怠感・体重減少・吐き気・低血圧」といった症状は、どれも副腎不全だけに特有のものではありません。そのため「夏バテだろう」「胃腸が弱っているのだろう」「歳のせいだろう」と見過ごされてしまうことが少なくないのです。
もう一つの手がかり――ステロイドの使用歴
副腎不全を疑ったときにぜひ確認したいのが、「ステロイドを使っていませんか」という質問です。飲み薬に限らず、吸入薬や注射、塗り薬でも起こり得ます。長期間使っていたステロイドを急にやめた場合、体内で自前のコルチゾールを作る仕組みが休眠したままになり、副腎不全を起こすことがあるためです。
今回覚えておいてほしいこと
今回の謎を解く大きなヒントは、「低Na + 低血圧 + 体重減少+ 皮膚の黒ずみ」の組み合わせでした。ここに食欲低下や強い倦怠感が加わると、副腎不全を強く疑います。悪化すると血圧が急降下し、意識障害を伴う命に関わる状態(副腎クリーゼ)に進むこともあるため、絶対に見逃したくない病気の一つです。
「食欲がない」「痩せてきた」「だるい」——内科でありふれた症状ほど、実は診断の深みと難しさがあります。検査結果の小さな違和感や、ふとした身体の変化をひとつずつ拾っていくと、思いがけない病気にたどり着くことがあります。「ただの夏バテ」だと思ったら、実は副腎不全だった。 診察室では、そんな見えない謎との対話が日々繰り広げられているのです。
※本コラムは、実際の診療で経験することの多いケースをもとに、個人が特定されないよう内容を再構成したものです。
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